「どこにいるのか」(ルカ17:11~19)
2020年5月17日(左近深恵子)
主イエスはエルサレムに向かって進んでおられます。エルサレムに向かわれるのは、主イエスの言葉によれば「預言者として死ぬ」ため(13:33)でした。預言者として、つまり、神さまのみ言葉を人々に語り、神さまのご意志を世にあって実現するように働いてこられた主は、神さまのご意志よりも自分で自分を守ること、自分で自分を正しいとすることを優先する人間の思惑や行動によって殺されることになります。内なる目が覆われてしまっている神の民の指導者たちと神の民によって、死へと引き渡される場所が、神の都エルサレムです。人を本当に救うのは、自分の罪に気づききれないまま、神さまの言葉にも信頼しきれない人間の思いや行動ではなく、そのような人々をご自分のもとへと立ち返らせるためにこれまで預言者を遣わしてこられ、とうとうご自分の独り子を世に与えてくださった神さまです。この神さまの救いの御業を、ご自分の命を捧げて成し遂げるためにエルサレムに向かっておられる主イエスは、弟子たちに道すがら、ご自分の死と復活を告げてこられました。旅路で出会う人々に向けて語られる言葉や、人々のためになさる行いにも、ご自分の死と復活によって実現される神さまの恵みを示してこられました。けれど主イエスに自分の思い描く国や社会の実現を期待している弟子たちは、なかなか主イエスの言葉や業の意味を受け留めることができません。主イエスが命を捨ててまでも自分たちを救おうとされる救いの意味を理解することができません。この後エルサレムで、ユダヤの指導者たちの誤った支配を覆すことも、ローマ帝国の支配者たちを追放することもせず、主イエスが捕えられるのを見た弟子たちは、主イエスに願う王の姿を見出せず、主イエスを見捨てることになります。自分たちは主イエスの近くにいると自負しながら、主イエスの旅の意味もみ言葉も理解できない弟子たちとは対照的な人物に、一行はサマリアとガリラヤの間のとある村で出会います。
その村に入ると、重い皮膚病を患っている10人の人が主イエスを迎え出たとあります。その10人の中には、ユダヤ人もサマリア人もいました。昔も今も、有効な治療法が無い病に対して、感染を防ぐためにとられる手段は隔離です。レビ記(13:46)や民数記(5:2~3)に記されているように、この人々は症状がある限り、他の人々に近づくことを禁じられ、他の人々とは異なる場所に住まねばなりませんでした。他の人々との偶発的な接触が起こらないように異なる身なりをし、距離を保って自分が居ることを大声で知らせることも定められていました。自分の労働で収入を得ることができないので、他の人からの施しに頼る生活でした。神の民の一人として、会堂や神殿で他の人々と共に礼拝を捧げ、律法に定められている生き方を日々の生活の中で実行することからは、程遠い状況でした。そのような苦しみの中に置かれてきた10人が、ある日主イエスが来られたことを知り、主イエスから遠い距離を保ったまま、声を張り上げて救いを求めたのでした。
この病に罹っている人が病が回復した時についても、規定に定められています。症状が消えた時には、祭司の所に行って見せ、祭司が治ったこと確認し、清めの儀式を行う(レビ記14:2~32)とあります。これは単なる病気と言うよりも、律法に判断が規定されている、宗教的な汚れと考えられていましたので、治ることも「清くなる」と表現されています。共同体への復帰も、祭司の保証によって実現します。主イエスが今日の箇所においてこの10人に、祭司たちの所に行くようにと告げられたのも、そのような規定があったからでした。
主イエスが10人と出会ったこの場所は、サマリアとガリラヤが接するところでした。サマリアは、主イエスがそれまで活動の場としてこられたガリラヤから、エルサレムへと南下していく途上にあります。サマリアの民とガリラヤやユダヤに住むユダヤの民の関係は複雑であり、長く対立してきました。サマリアはかつて北イスラエル王国の都でしたが、征服したアッシリアに強制的に移住させられてきた移民によって、外国の影響を大きく受けていました。ユダヤの人々はサマリア人を純粋でないとみなし、サマリアの人々は自分たちの聖地や独自に築いた神殿を認めないユダヤ人を敵視していました。ユダヤの人々とサマリアの人々の間には深い溝がありました。そしてまた、ユダヤの人々の間にも地域や社会的な層や律法の考え方の違いから溝がありました。それぞれが自分たちの思い描く、自分たちにふさわしい、自分たちが真っ先に招かれるはずの神の国を、求めていました。
しかし主イエスは、エルサレムに向かうこの旅の途上で、神の国をこのように語っておられます。人々が「東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席に着く」と、「そこでは後の人で先になる者があり、先の人で後になる者もある」と(ルカ13:29~30)。神の民としての歴史、地域、社会的層などで人が判断する純粋さや正しさが、神の国に入れる資格ではないことを、神の招きにお応えして、人は神の国へと入れられることを告げてこられました。
10人と出会ったこの地域は、正当な神の民とは誰なのか、どこまでの人を正当な神の民に含めるのか、互いの見解に溝があるサマリアとガリラヤの境目でありました。そしてまたこの村は、ガリラヤの共同体からもサマリアの共同体からも自分たちの中には置けないと、外に置かれた病を負った人々と、神の民の共同体に属している人々との、境目でもあります。神さまの救いはここまでだと、人の側が引いた溝が、何本も互いの間に走っているような場所と言えるでしょう。
この村で、近づけるぎりぎりの位置から「どうか、私たちを憐れんでください」と声を張り上げている10人を、主イエスは見ました。ご自分を見つめている彼らの眼差しと、体に表れている病の重さと、病によってこれまで味わってきたであろう苦難と、自分は神さまの祝福から退けられてしまったのではないかという彼らの悲しみを、ご覧になったのではないでしょうか。彼らを見つめたまま主イエスは、祭司たちの所に行って、体を見せるようにと言われました。
この時点で彼らは病が癒されていません。他の箇所では、主は重い皮膚病を患っている人に手を差し伸べて、その人に触れ、「よろしい、清くなれ」と言われ、たちまちその人が癒された出来事が記されていますが、ここでは主は彼らに触れても、「清くなれ」と言われてもいません。病が癒される変化も現れていません。何か希望を抱く根拠にできるような行為や癒しの宣言が無いこの時点で、10人は主の言葉に従い、祭司たちのところへと向かいます。目には見えていないけれど、主イエスがこの先に見ておられることを見たいと、重い病を負ったその体で、出てはならないと定められていた場所を後にして、共に歩き出しました。何かを失うことを恐れるよりも、自分たちの主イエスの言葉が指し示す方へと、人生を委ねて踏み出したのです。
その道の途上、彼らに癒しが起こりました。これまで同じように苦しみ、悲しんできた10人が、同じように苦しみから解放され、健康な体を取り戻し、自分の共同体に戻る喜びの日々をこの先に見ることができる者となりました。しかし一人だけ、起きていることを更に深く見た人がいました。「自分が癒されたのを知って」とあります。「知る」と訳された言葉は、主イエスが10人をご覧になった時の「見る」と同じ言葉です。この人は癒しを、体に起こる身体的な変化として、またその結果神の民として共同体に認められ、社会生活に復帰できるという変化として見るだけでなく、神さまによる救いと見ました。残りの9人も、自分が癒されたのは神の御業によるということは受け止めたかもしれません。しかしそれは身体の癒しとして御業を受け止めることに留まるものでありました。聖書はその後の9人のことを記していません。9人の方ではなくこの一人の人の行動にこそ、私たちが見るべきものがあると、この人のことだけを語ります。私たちの多くは9人の様だからではないでしょうか。主イエスの死と復活によって内側から新しく清められても、神さまとの関係を回復していただいても、視界の中にあるのは主イエスではなく、主イエスではないものばかりに目を奪われてしまう者だからではないでしょうか。
この人は、主イエスによって癒されたと知った途端、大声で神さまを賛美し始めます。そして道を引き返します。主イエスに感謝を伝えるためです。主イエスにおいて神が働かれたことを知ったこの人には、祭司の保証が無いまま主イエスの所に行けば接近を拒まれるかもしれないなどといった心配は全く無いようです。さっきまで遠くから叫ぶしかなかった自分が、今は相手のすぐ傍まで近づくことができる、この喜びを誰よりも先ず主イエスとの間で実感したいと願います。神さまの御業の中で自分は清い者とされ、神さまの祝福を一身に受けて新しく生き始められるのだと、喜んで主イエスの足元にひれ伏します。聖書はここで初めて、この人がサマリア人であったことを伝えます。神の民とは言い切れない民だとユダヤの民にみなされてきたサマリア人が、ユダヤ人である主イエスにおいて神さまが働かれたことをたった一人で受け留め、神さまを賛美しています。自分たちの方が神に近いところにいるとユダヤ人が引いた線の向こう側で、神から遠いとみなされてきたこの人が、誰よりも主イエスの近くにきて、主イエスにひれ伏している、つまり主イエスを礼拝しています。主イエスはこの人の行動を、「神を賛美するために戻って来た」と言われています。他の9人は、神殿で定められた祭儀を守れば、神を賛美することになると思ったかもしれません。けれどそこには、この癒しを自分のためになしてくださった主イエスと関わることなしに、この先を歩んでいけるという思いが入り込む余地があります。健やかな肉体によって、共同体の一員として社会生活を送れるこれからの新しい人生を、自分の苦しみを知り、それまでの悲惨な自分の状態を知っている主イエスと、わざわざ来た道を引き返してまで関わらなくて良いだろう、という思いです。それはイエス・キリストによる具体的な、決定的な御業によらなければ救われない自分の汚れも悲惨さもみな、主イエスと共に背後に置き去りにしたまま、神はただ遠くに眺めるだけで生きていけるとする、全ての人の思いと重なります。
けれど主イエスは、ご自分のもとに戻り、ひれ伏し、礼拝することが、神さまを賛美することなのだと言われます。健康な体を取り戻し、社会生活に復帰できるという喜びは、何年も、あるいは何十年も、それらを欠いたまま闇のような日々を送ってきた人々にとって、真に大きなものであったでしょう。しかしそれ以上に、神さまのみ前で存在の全てが健やかに清められ、神さまの祝福の光の中、生きる道を回復された喜びは、主イエスを礼拝し、神さまを賛美せずにはいられない大きな喜びです。この人にとって新しい人生は、主イエスの足元にひれ伏す礼拝から始めること以外に、あり得なかったのです。
主イエスは、他の9人は「どこにいるのか」と問われます。主イエスを置き去りにしたまま、健康を手に入れた自分、共同体に復帰できる者となった自分を喜んでいるだけの9人は、神さまとの関わりのどこにいるのでしょう。神さまのお力を彼らに注ぎ、神の民として存分に生きることのできる新しい人生を与えてくださった主イエスのみ前に戻らないまま、彼らはこの先どこに向かうのでしょう。もしも彼らが再び自分で自分のことを喜べない状態になってしまったら、再び喜びを失い、道を見失うのでしょうか。この9人は、一度は主イエスによって神さまが与えてくださる喜びを、目に見えないこの先を、ただ主イエスに信頼して、内なる目で見つめて、歩き出すことのできた人々です。その彼らが「どこにいるのか」と問われる主イエスの問いかけが胸に刺さります。私たちは、嘆きと悲しみに閉ざされてしまっても、自分で自分を喜べないような状況に陥っても、ただ主イエスを頼みとする信仰に立ち返り、主のもとに戻り、ひれ伏すことができます。主イエスが私たちの帰るところであり、私たちの新しい旅路の始まりです。
私たちは今、礼拝堂で主を礼拝することができません。毎週数名だけで礼拝堂での礼拝を守り、この礼拝を美竹教会の礼拝の核とし、礼拝の動画や説教原稿を皆さんと共有することで、それぞれの場での礼拝をお支えしたいと願っています。主の招きを受けて、礼拝堂に共に集い、共に賛美し、祈り、み言葉を聞き、聖餐の恵みに与る礼拝が、私たちの信仰の旅路を支え、養ってきたことを、つくづく実感しています。美竹教会に連なる皆さんと共に、会堂に集う礼拝をいつ再開することができるのか、見えない状態です。ウイルスの力や、人々の間に漂うぎすぎすした思い、たまっていく疲れといった、目に見えない力や流れを恐れずにはいられません。だからこそ私たちは、み言葉を信じる信仰が与えられていることに感謝いたします。まだ私たちの目には見えない、神さまから与えられる恵みを望み見て、共に礼拝堂に集える日のために祈り、病の影響下で他者のために力を尽くしている人々のために祈り、立ち返る私たちを喜んで迎え入れてくださる主のもとから、新たにこの週の歩みを始めたいと思います。